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プロイセン以外では唯一、後装式小銃への

プロイセン以外では唯一、後装式小銃への換装を進めていた英国以外の欧州諸国は、1864年の第二次シュレースヴィヒ=ホルシュタイン戦争によって、ドライゼ銃の存在によりプロイセンの連合軍が驚異的な戦力に変化している事を知った。

続く1866年の普墺戦争においてドライゼ銃は最大の活躍を見せた。先込め式銃を使っていたオーストリア兵が、立ったままの姿勢で次弾を再装填するまでの間に、プロシア兵は5発(もしくはそれ以上)を地面に伏せたままで発射し、敵をなぎ払ったのである。

この様を現地で見ていた外国軍の観戦武官は「ニードルガンは王者だ」と評し、その様子がフランスへ伝わると、敵兵の死体の山を前にしたニードルガン発明者が喜色の笑みを浮かべている風刺画が描かれた。
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準同盟関係にあったオーストリアがプロイセンに惨敗し、ドライゼ銃の性能を知って愕然としたフランス陸軍は、ドライゼ銃を研究・改良したシャスポー銃を1866年に急遽採用した。

双方が紙製薬莢を使用する小銃で戦った戦争となった1870年の普仏戦争では、ドライゼ銃に対して倍の射程を誇るシャスポー銃や、ミトライェーズ斉発砲など各種の新兵器を装備していたフランス軍が圧倒的な優位に立っているかに見えていたが、フランスより巧みに新技術(鉄道・電信)と組織(参謀本部・諜報部)を活用して周到に戦争準備を進めていたプロイセン軍の前に、自信過剰だったフランス軍はあっけない大敗を喫した。

フランスに勝利したプロイセンはドイツ帝国へ発展し、1871年にドライゼ銃のボルトアクションを継承・発展させ、現代式銃器と同じ金属薬莢を使用するモーゼル1871ライフルを最初の陸軍制式小銃とすると、プロイセンの勃興を支えたドライゼ銃と紙製薬莢は30年に及んだその役割を終えた。

また、ドライゼ銃の紙製薬莢は金属薬莢が主流となるまでの間、最も実用的な一体型薬莢として世界的に普及し、これを使用する回転式拳銃やレバー式の閉鎖機構を付けた娯楽用途の銃[1]などが、模倣品や改造品を含めて多数製造された。

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2009年06月02日 09:54に投稿されたエントリーのページです。

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